離婚相談ブログ

2019.09.23更新

離婚の際には、財産分与をすることになります。

財産分与の対象は、夫婦の共有財産です。

婚姻期間中に形成された財産は、原則的に共有財産です。

どちらの名義でも、共有財産です。

 

代表的な財産は、まず不動産です。

その他、預貯金、生命保険、車、株式などがあります。

 

では、婚姻期間中に買った家電製品や家具はどうでしょうか。

婚姻期間中に形成された財産には間違いないので、理論的には共有財産です。

当然、財産分与の対象となるはずです。

 

でも、実際には、離婚調停の場で家電製品や家具について話し合うことはまずありません。

それは、家電製品や家具は事実上「無価値」だからです。

 

価値がない=0円なので、財産分与する意味はない、ということです。

 

もちろん、高価な家具や家電製品は別です。

ですが、私はまだ財産分与の対象になるような家具や家電製品に遭遇したことはありません。

 

ただ、財産分与の対象にならないからといって、実際の離婚協議で揉めない訳ではありません。

どっちが冷蔵庫を取るかで双方譲らない、という事態は珍しくありません。

裁判所も基準を示してくれないので、弁護士としても、どちらが正しい、どちらが取るべきともなかなか言えません。

そこは当事者間で結論を出していただくしかありません。

2019.09.11更新

離婚相談を受けていると、配偶者からの暴力、いわゆるDVについてもよく聞くことになります。

被害者は、男性、女性は問いません。

男性側の弁護士をうたっているので、男性被害者の話を聞くことの方が多いです。

 

DVの実態に、男女の違いはあまり感じません。

しかし、一点、男女で明らかに異なる点があります。

それは、男性のDV相談の方が「切羽詰まっている」ことです。

 

男性のDV被害の方が深刻だから、ではありません。

 

女性の場合は弁護士の所にたどり着くまでに、既に別の所で相談してきている場合が多い。

友人や、公共窓口に相談した後、最後に弁護士の所にたどり着く。

 

それに対して、男性の場合は、いきなり弁護士です。

友人はもちろん、公共窓口にもどこにも話せず、最終手段として弁護士の所に来る。

そして、はじめてDVについて口を開く。

だから、「切羽詰まっている」のです。

 

何故そうなるのか。

男性と女性の性格の違いに原因を求める意見もあります。

人に相談することに抵抗のない女性に比べ、男性は抱え込みがち、という訳です。

 

そういう傾向はあるのかもしれません。

でも、もっと明解な答えがあります。

それは、女性には広く相談窓口が開かれているのに対し、男性には窓口がない、という事実です。

 

平成13年から、いわゆるDV防止法が施行されています。

当然ですが、同法では被害者は男女は問いません。

 

ところが、同法に基づき地方自治体等が設置している窓口の名前は多くの場合「女性センター」です。

これでは、男性が相談に行きようがありません。

 

DVは「女性問題」ではありません。

もっと幅広く「家族の問題」であり、「見つかりにくい犯罪」の問題です。

ところが、広く問題解決にあたるべき行政が入口で女性に限定しているのです。

 

DV=女性が被害者、という誤ったイメージの流布に、行政が加担しているのです。

 

さらに深刻なのは、DV=女性が被害者、というイメージのせいで、男性に対するDVがエスカレートしている面があるのではないか、ということです。

多くの男女のカップルで、体力的に優位なのは男性の方です。

それはDV被害にあっている男性でも変わりません。

 

でも、男性被害者はDVを受けるままになっている場合が多い。

「一回でも反撃したら、自分がDV加害者にされてしまう。」

そう言う方は多いです。

 

杞憂ではありません。

女性の方が先に手を出したのに、たった1回反撃したばかりに、DV加害者として離婚を余儀されなくされた。

そういう実例はあります。

 

DV問題に対する行政や裁判所の対応は、問題だらけです。

問題点を挙げたらきりがありません。

中でも、男女の非対称性は、一刻も早く根本的に変革される必要があります。

 

弁護士にできることには限りがあります。

切羽詰まった相談者の方が少しでも減るためにも、まず国から変わるべきです。

 

 

2019.08.02更新

選択的夫婦別姓制度の実現を求める声は大きいです。

「共同親権」については反対の声が大きい弁護士業界ですが、「夫婦別姓」については賛成が多数という印象です。

 

私は「夫婦別姓」についてはこれまで消極的反対でした。

しかし、最近になって、積極的とまでは行きませんが、消極的賛成に転じました。

理由は、「夫婦別姓」と「共同親権」は実は根本は共通しているのではないか、と考えるようになったからです。

 

「夫婦別姓」については、保守の立場から、「家族の絆を弱める」という批判が強い、と言われています。

実は、私も大雑把に言えばその観点から反対でした。

 

都市に住む「意識の高い」人たちは別にいいんです。

夫婦別姓だろうと同姓だろうと、きちんと子に対する責任を意識し、家庭を営んでいくでしょう。

でも、世の中はそういう人たちばかりではありません。

 

「姓を同じくする家族になる」という形式が整って始めて家族に対する責任を意識する。

そういう人たちが少数派だとは、私には思えません。

そういう人たちにとって、選択的であっても夫婦別姓となれば、「夫婦なんて結婚してもしょせんは他人」という意識にお墨付きを与えることにならないでしょうか。

夫婦が他人なのは別にいいとして、問題は、姓を異にする子についても「しょせんは他人」という意識につならがらないか、という点です。

 

家族全員が姓をそろえて、初めて「自分は新しく家族を作ったんだ、だから配偶者にも子にも責任を負うんだ」と実感する。

良い悪いではなく、夫婦同姓という制度には、家族としての自覚を促す機能があります。

夫婦別姓推進派の議論には、夫婦同姓という制度が実際に持つそういった機能が失われかねないことへの視点が欠けている。

それが、夫婦別姓に消極的に反対する理由でした。

 

しかし、考えてみれば、姓を同じくして初めて子に対する責任を実感するという意識の背景にあるのは、「イエ」制度に他なりません。

家長たるもの、家の構成員には責任を持つ、というわけです。

しかし、そもそも、親と子の結びつきには「イエ」は必ずしも必要ではありません。

親たるもの子に対して責任を持つ、それで十分なはずです。

 

しかし、ここで問題になるのが「離婚後単独親権」です。

どう擁護しようが、離婚後単独親権は「イエ」制度を土台とする仕組みです。

「イエ」制度を土台とする限り、離婚後には子はどちらかの「イエ」に属することになる。

離婚の時点で、共通の「イエ」を持たない親と子の関係は切り離されてしまうのです。

 

しかし、「離婚後共同親権」ならどうでしょう。

その場合、離婚自体は親と子の関係に影響を与えません。

親と子の関係を「イエ」が媒介しないからです。

 

離婚しようがしまいが、子ができた以上、親として子に責任を持つ。

そのことが制度上明確になれば、夫婦が結婚時に「姓をそろえる」という儀式を経なくても、親としての自覚は自然に生まれるのではないでしょうか。

そうなれば、もはや夫婦同姓を強制する必然性はなくなります。

「夫婦別姓」と「共同親権」の根っこが同じというのは、そういう意味です。

 

どちらも問題は「イエ」制度であり、その具体化として戸籍制度なのです。

 

以上の次第で、私は、共同親権の実現と同時であれば、夫婦別姓も実現されるべき、という立場をとるようになりました。

 

1つだけ最後に。

夫婦別姓論者から、「選択的夫婦別姓になったって、あんたは困らないのになぜ反対するのか。」という意見をよく聞きます。

このような意見は、国という共同体の基礎となる家族という制度の重要性を理解していないのではないでしょうか。

しかも、反対論者のことを自分たちより知的に劣位であるとみなしているという点で失礼です。

もっと建設的な議論を望みます。

2019.07.30更新

離婚後単独親権制度は憲法に反するとして集団訴訟が提起されるとのニュースがありました。

提訴は本年10月予定とのことですが、私はこの訴訟を支持し、応援したいと思います。

 

離婚後単独親権制度は、子は「家」に所属するという制度です。

要は、「イエ制度」「家父長制」を前提としています。

 

家父長制では、子だけでなく、すべての個人が家に属し、家長の監督に服します。

しかし、少なくとも大人はどの家に所属するかを選べます。

日本国憲法では、

「婚姻は、両性の合意のみによって成立し…」

とされているからです。

この条文は、明確に、「家同士の結びつき」としての婚姻を否定する趣旨です。

大人は、個人の選択により、憲法を基にして「家」から自由になることができます。

 

ところが、子にはその選択がありません。

親同士が離婚した場合、父母どちらかの「家」に所属することを強いられます。

離婚後単独親権制度とは、子を「家」の所有物として扱う制度です。

 

これは私の独自の意見ではなく、歴史的にも、比較法的にも、大きな異論は出てこないところだと思います。

 

離婚後単独親権制度を擁護するのは、理論的には困難です。

離婚後単独親権こそが人権にかなう、という主張を私は見たことがありません。

 

それにも関わらず、なぜ離婚後単独親権制度が維持されているか。

色々な理由があると思います。

その中でも大きな理由が、「子の養育に関わること」が親個人の権利として認められていないことにあると私は思っています。

 

離婚後の子の監護養育に関する原則は、現状、「子の福祉」一点ばりです。

親の権利、という視点は一切ありません。

 

そもそも、現状の制度下で「子の福祉」が正しく尊重されているか自体、疑問はあります。

ただ、それ以前の問題として、子に対する親の権利が尊重されなくて、本当に良いのでしょうか。

 

子に対する親の権利と言ったって、何も子に対し「親に会え」と要求する権利ではありません。

国や、自治体や、学校や、元配偶者に対し、「親が子と関わることを妨害してはならない」という権利です。

現状では、国、自治体、学校、そして何より元配偶者によって、あまりにも簡単に、無造作に、親の権利は無きものとして切り捨てられています。

 

第三者によって子から切り離された親の苦しみ、悲しみは、時として命を奪いかねないほど深いです。

「夜寝れない」「仕事が手につかない」「体重が10キロ減った」…そういった苦しみの声を聴くことは決して珍しくありません。

 

だからこそ、今回の訴訟を支援したいと思います。

子に対する親の権利を、是非憲法に基礎づけられたものとして勝ち取っていただきたいからです。

そのために、弁護士として出来ることで是非協力できたらと考えています。

 

 

2019.04.18更新

アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏の元妻マッケンジー氏は、離婚に伴う財産分与でおよそ4兆円を得たと報じられました。

離婚が報じられた際には、ベゾス氏の財産の2分の1であるおよそ7兆円を得るのではないかと言われていました。

巨額には変わりませんが、だいぶ予想よりは少なかったことになります。

 

7兆円という予想の根拠は、元夫妻の暮らすワシントン州法では

「夫婦の共有財産は2分の1に分けなければいけない」

と明文で定められているからです。

それよりも少なくなった事情は外には伝わってきていません。

 

日本でも、財産分与は2分の1ずつという例がほとんどです。

しかし、日本の法律を見ると、ワシントン州法とは異なり、「2分の1」とは明記されていません。

 

民法768条(財産分与)によれば、

「協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。」

としているだけです。

裁判所に持ち込まれた場合については、

「家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。」

とされています。

要は、事情に応じて分け方は変わってくるよ、ということです。

 

それがなぜ「原則2分の1」となっているのか。

その背景には、恐らく、「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という旧来の役割分担意識があります。

妻の内助の功あってこそ、夫は外で働き、金を稼いだ。

だから、離婚にあたっては半分ずつに分けるべきだ、というわけです。

 

でも、この考え方は現在でも妥当でしょうか。

夫婦の役割分担は夫婦それぞれです。

2分の1を当然の前提としなくても、もっと柔軟な解決があって良いはずです。

 

せっかく民法が、柔軟な解決を認める書き方をしているのです。

活かさない手はありません。

 

ところで、ワシントン州に限らず、アメリカ各州の法律を見ると、どこも「財産と負債を2分の1に分ける」と定めていることに気づきます。

日本では、住宅ローンを除き、借金は分与の対象にならないのが原則です。

裁判所も弁護士も、それを当然として受け入れています。

 

でも、国が変われば当然のように借金も2分の1に分けることが原則になっていたりする。

これは発見でした。

 

 

2019.04.17更新

調停になった場合、離婚が成立するのは「調停が成立した時」です。

具体的には、調停がまとまった日、つまり調停の最終日、裁判官が「これで調停成立です。」と言った時、です。

 

協議離婚の場合は、離婚が成立するのは届出をした時です。

でも、調停離婚の場合は、届出まで待つ必要はありません。

調停がまとまった時に、法的には完全に離婚成立です。

 

ただ、届出が不要という訳でありません。

法的には完全に離婚成立でも、戸籍は勝手に変更されません。

当事者の届出が必要です。

 

具体的には、調停が成立したという内容の調停調書を持って、役場に届け出ることになります。

届出をしてはじめて、戸籍に「調停成立の日に離婚が成立した」旨の記載がされることになります。

 

届出は当事者のうちどちらか片方がすれば大丈夫です。

どちらが届け出ても構いません。

ただ、一般的に、離婚に伴って姓が変わる方が届け出るのが一般的です。

 

離婚が成立しても、姓も勝手に変わりません。

こちらも役場への届出が必要です。

どのみち届出が必要なら、戸籍の変更と姓の変更を一度に済ませるのが経済的です。

姓が変わる方が届け出ることが一般的なのは、そういう理由です。

 

 

2019.04.15更新

離婚する際には、夫婦の共有財産は財産分与されます。

共有財産とは、婚姻期間中に築いた財産のことです。

名義がどちらかは問いません。

不動産、預貯金、生命保険など、何でも原則2分の1です。

 

一方で、借金は財産分与の対象には原則なりません。

借金も2分の1、というわけには行かないのです。

 

唯一と言ってよい例外が住宅ローンです。

住宅ローンのついた不動産の価値を計算する際には、現在価値からローン残高を引いた価格が財産分与の対象です。

不動産を売却した場合には、売却益からまず住宅ローン残額が返済されることになるので、これは当然の扱いです。

 

不動産の現在価値がローン残高を上回る、つまりアンダーローンの場合は特に問題ありません。

残った現金を2分の1ずつにすれば良いだけです。

 

問題は、オーバーローンの場合です。

不動産を売却しても、マイナスが残ることになります。

マイナス分を上回る預貯金などがあれば、相殺は可能です。

そうでない場合には、ローンの残額だけが手許に残ることになります。

 

そもそも、住宅ローンを組んでまで不動産を購入するのは、婚姻生活を続けるためのはずです。

なのに、婚姻生活が破綻した結果として、手元に借金だけが残る。

しかも、100%自分が返済しないといけない。

 

これはやはり不公平に思えます。

もちろん、住宅ローンには銀行などの債権者という第三者がいるため、当事者だけでは決められません。

しかし、少なくとも当事者の間では、原則として2分の1ずつ負担するのが公平にかなうのではないでしょうか。

2019.04.12更新

家を出て行った配偶者の代理人弁護士から、「受任通知」と題した書面が届いた。

その書面には、「窓口は当職となりますので、本人に連絡しないでください」と書いてあった。

ある日、家に帰ったら、配偶者と子がおらず、テーブルの上に「連絡は弁護士にしてください」という置き手紙があった。

 

このような場合、本当に連絡は弁護士を通す必要があるのでしょうか。

本人に直接連絡を取ったら駄目なのでしょうか。

 

弁護士という立場上言いづらいのですが、「連絡は弁護士を通してください」というのはあくまで「お願い」です。

法的拘束力はありません。

これが借金の取り立てなら、弁護士を通さず本人から取り立てるのは違反です。

貸金業者の決まりがあるからです。

しかし、離婚にはそういう取り決めはありません。

なので、あくまで「お願い」です。

 

現実的には、代理人を通してほしいと言っている以上、代理人に連絡すべきです。

代理人がついているのに、本人にも連絡しても混乱するだけです。

強硬に本人に連絡することが、後で不利に働く可能性も否定できません。

 

ただ、離婚というのはあくまで当人同士の合意に基づくのが一番です。

弁護士を窓口とするのも、あくまで「その方が合意形成に役立つから」のはずです。

当人同士では解決できないことも、代理人を介せば冷静に話し合える。

それが代理人を入れる第一の目的のはずです。

 

代理人をつけるのは、たとえば借金の取り立ての場合のように、相手を遮断する、拒絶することが目的ではありません。

なので、きちんと話し合いが行えるのであれば、当事者同士の連絡はむしろ取ってくれる方が望ましいはずです。

当人同士が連絡を取れる状態に持っていくのが望ましい、という意識は忘れないようにしています。

 

2019.04.09更新

民法第760条

「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生じる費用を分担する。」

 

これが、いわゆる婚姻費用支払義務の根拠となる条文です。

 

夫婦には婚姻から生じる費用を分担する義務がある。

収入が多い方は、少ない方の費用を分担しなければいけない。

別居して家計が別れた場合、相手に費用を払わなければいけない。

ということで、多くの場合、出ていった側から、残された側に対し請求されるのがいわゆる「婚姻費用」です。

 

婚姻費用は、理屈では、別居したらすぐ請求できます。

ということは、別居から数か月分経ってから、数か月分の婚姻費用を一気に請求することはできるのでしょうか。

 

これについては、最高裁が

「家庭裁判所は過去に遡って分担額を形成決定できる。」

という決定を出していますので、過去分も請求できることになります。

 

ただし、別居開始からすぐ、ではありません。

婚姻費用分担請求の調停を申立てた時点から、です。

一方的に出ていった相手に、その時点から婚姻費用を支払え、では支払う側にとってあまりに酷だからです。

 

ただ、最近は、その点も見越し、別居と同時に婚姻費用分担調停を申し立てる、というパターンも増えてきました。

そこまで用意周到になってくると、ちょっと制度趣旨を逸脱してきているようにも思えます。

 

別居しても夫婦は夫婦だから婚姻費用分担義務を負う。

それは構いません。

また、さかのぼって請求できないと、逃げ得を許すことになるので、それも仕方ない。

 

ただ一方で、財産分与の基準時は婚姻破綻時です。

そして、婚姻破綻時というのは多くの場合、別居時です。

婚姻破綻しているのに、婚姻費用分担義務は残る、というのは少し納得しにくいです。

 

また、逃げ得を許さないというなら、別居しておいて離婚せず婚姻費用をもらい続ける、という意味での「逃げ得」が許されるのも釈然としません。

婚姻費用分担請求が認められるのは、もう少し限定的な場合に限られるべきではないか、というのが私の意見です。

 

 

2019.04.04更新

民法改正により、2022年4月1日から成人年齢が18歳となります。

養育費にはどう影響するのでしょうか?

 

法務省の説明によれば以下のとおりです。

「子が成人に達するまで」と定められた場合は、これまでの「20歳まで」から「18歳まで」となる。

これまでに合意済みであれば、合意時点では「成人」といえば「20歳」だったのだから、従来どおり20歳まで。

そもそも、養育費は「未成年だから」ではなく「経済的に自立していないから」払うものだから、直接の影響は受けない。

 

形式的にはその通りだと思います。

成人年齢が変わっても、18歳といえばようやく大学に入る年齢です。

経済的に自立していないのは変わりません。

 

ただ、疑問もあります。

成人に達するということは、親権に服さなくなるということです。

1人で有効な契約も可能です。

 

一方、養育費はあくまで子の親権者・監護者に払われます。

自立した成人にかかる費用について、別の成人に支払う。

だったら、はじめから本人に払えば良いのではないでしょうか。

そもそも、子が18歳を過ぎたら同居親だって親権者ではないのです。

 

大学進学にあたって子が1人暮らしを始めた。

多くの場合、親は子に仕送りします。

それと同じく、18歳以降の生活費は本人である子に支払われるべきではないでしょうか。

 

子が18歳に達したら、親子といえど大人同士です。

養育費は18歳まで、あとは当事者同士の話し合いに委ねる。

それが本来の在り方ではないでしょうか。

 

長期的には、18歳以降の養育費を定めるという法的慣習は正されるべきだと私は考えています。

 

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