離婚相談ブログ

2019.02.28更新

離婚する際、弁護士に依頼することのメリットは何でしょうか。

 

財産分与は、事情に関わらず2分の1です。

養育費は計算式に従って計算されます。

親権や面会交流は当事者間で争うようなものではありません。

要は、弁護士に依頼しようがしまいが、きちんと対応すれば結論はそう変わらないのです。

 

では、弁護士に頼むメリットはないかといえば、私はそう思いません。

弁護士に頼む最大のメリットは、精神面での負担の軽減だと思います。

相手本人や、相手の代理人弁護士と1人で向き合うことの精神的負担は非常に大きいです。

現在の制度を前提とすると、責められる側に回ることが多い男性側ならなおさらです。

代理人として弁護士を挟むことで、その精神的負担を減らすことができます。

手前味噌ではなく、この点は断言できます。

 

精神的負担が軽減できれば、事務的に話を進め、早期解決に持っていくことにもつながります。

どうしても譲れないポイントがあるなら、その点にエネルギーを注ぐ余裕も生まれます。

なにより、1人で立ち向かうには、離婚の手続きはかなり過酷です。

 

私への依頼へ誘導しているのではありません。

他の弁護士でも良いと思います。

離婚で争いになった際には、弁護士への依頼を勧めます。

 

弁護士 小杉 俊介

2019.02.27更新

民法第798条

「未成年者を養子とするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。

 ただし、自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合は、この限りでない。」

 

妻が再婚した後も、養育費を支払わなければいけないのか。

そんな質問をよく受けます。

そのたび、答えに苦慮します。

 

答えが難しいわけではありません。

再婚相手が子と養子縁組した場合には、理屈上は扶養義務を負うべきは養父となる。

養育費の減額請求をすれば、事情が変更されたとして、養育費の減額又は免除事由となる。

これが模範解答です。

 

しかし、離婚してもはや没交渉の相手が再婚したかどうか、一体どうやって知れば良いのでしょう。

公正証書などで「再婚した際は相手に知らせること」と定めても、守られる保証はありません。

養育費が減ることにつながる事情をわざわざ相手に知らせる動機がないからです。

 

さらに言えば、相手が再婚しても、子と養子縁組しなければ、扶養義務はなくなりません。

養育費をもらい続けるために、敢えて養子縁組をしない、という選択も可能なのです。

 

再婚すれば家計収入は増えるのだから、事情の変更として、養育費の減額事由になる、という反論があるかもしれません。

だったらいっそのこと、パートナーが出来ても再婚しない、という選択もあり得ます。

その場合、生活を共にしていたとしても、戸籍からもたどれないので、ほぼ100%セーフです。

 

再婚した後の養育費について質問を受けた際、答えに苦慮するといったのはこれが理由です。

そういった質問をする方は、多くの場合、隙あらば養育費の支払いを免れようとしている、という訳ではありません。

そうではなくて、相手の事情いかんに関わらず養育費の支払義務を課されるという制度に対する不信感が問題なのです。

そして、上記のとおり、大筋においてその不信感は正しい。

不信感を抱かれても仕方ない制度になっていることは、私は否定できません。

 

私は、依頼者の方にきちんと養育費の意義を説明し、理解していただき、きちんと履行していただくことも、仕事の重要な一部だと考えています。

だからこそ、このような欠陥ある制度は何とかしてほしい。

 

離婚したら、実の子であってももはや親権者ではなくなる。

一方、再婚した場合には、裁判所の審査など必要なく、実の親に知らせる必要などもちろんなく、養子縁組ができる。

冒頭の条文はそういうことを意味しています。

 

誰を親とするかを自由に親権者が決められるという制度は、一体どのように正当化されるのでしょうか。

私は、「子は親の所有物である」という前時代的な考え方しか、正当化の方法を思いつきません。

そのような前時代的な制度を放置したまま、一方で、「もはや親ではない」と宣告された側に養育費支払義務を課す。

そのような制度上の矛盾が、養育費支払義務の「割り切れなさ」「飲み込みにくさ」を生んでいます。

 

「離婚しても親子関係は変わらないのだから、当然、養育費を支払う義務はありますよ。」

そうすっきり説明したいのです。

そのためにも、子が親の所有物、ひいては「家」の所有物であるかのような制度は一刻も早く変わってほしいと願っています。

 

 

弁護士 小杉 俊介

 

2019.02.26更新


「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」

 

憲法第24条はそう定めています。

 

ところで、協議離婚の際に自治体に提出する離婚届には、保証人として2名の成人の署名押印が必要です。

一体なんで離婚に保証人が必要なのでしょうか?

 

私は、協議離婚に保証人が必要とされるのは、憲法第24条に違反しているのではないか、と考えています。

 

まず、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」するというのは、親などの第三者から命じられての婚姻を禁じる趣旨です。

要は、「家」制度の否定です。

この点は争いはありません。

次に、「婚姻が両性の合意のみに基づいて成立」するなら、離婚も両性の合意のみに基づいて成立しなければおかしいです。

婚姻が両性の合意のみに基づいて成立している以上、両性が合意の上で婚姻解消を望むなら、婚姻は解消されないといけません。

 

ところが、離婚届の書式は、離婚の成立に保証人2名を求めています。

保証人を見つけることができなければ、両性が合意の上離婚を望んでいても、離婚できないのです。

これは、離婚に保証人たる2名の同意を要件と課すのと同じです。

両性の合意のみによって成立すべき離婚に、第三者の同意を条件としているのです。

 

一般の保証人と同様、ここで保証人として第一に想定されているのはおそらく「両親」です。

両家の家長たる父が保証人として名を連ねて、はじめて離婚できる。

離婚届の書式がイメージしているのは、そんな離婚ではないでしょうか。

これが憲法24条違反でなくてなんでしょう。

 

婚姻は両性の合意のみによって成立するが、いったん成立した婚姻を解消する際には、関係者の同意を必要とする。

それも1つの意見です。

でもそれは、現在の協議離婚を支えるところの「離婚は個人の自由である」という考え方と矛盾します。

 

要は、離婚届一枚で成立する「協議離婚」なるものは、個人の自由の尊重などとはな何の関係もない、「家」制度に根ざすものだということ。

その証が、離婚に際して求められる「保証人」なのだと思います。

 

私は、現在の「離婚届1枚で成立する離婚」という制度が守られるべきだとは考えません。

しかし、仮にそのような制度が維持されることが前提なら、保証人が求められることは明確に違憲である。

そう考えています。

 

弁護士 小杉 俊介

 

2019.02.25更新

先日、面会交流は「月1回」で良いのか、と書きました。

でも、より本質的な話として、離婚後の子との関わりは「面会交流」で良いのでしょうか。

 

同居している頃の子との関わりは、決して数時間の交流に尽きるものではありません。

食事を作る。宿題を見る。お風呂に入れる。一緒に寝る。朝起こす。病院に連れて行く。

そういった必要に迫られての関わりが多くを占めているはずです。

そして、親にとっても子にとっても大事なのはそちらです。

 

現状の面会交流は、要は男親が子の面倒など見ないことを前提に、数時間一緒に遊ぶだけ、というものになっているように思えます。

父と子の関わりは週末の「家族サービス」に尽きる、その延長としての面会交流、というわけです。

 

このモデルが時代にあっていないことは説明不要でしょう。

子の監護養育に両方の親が関わっていたのに、離婚した途端、片方が出来るのは月1回遊ぶだけ。

これはおかしいです。

 

もちろん、当事者同士の合意で共同監護を実現している方たちはたくさんいます。

でも、そもそも、裁判所が提示するモデルが「月1回の家族サービス」で良いのでしょうか。

裁判所には、あるべきモデルとして「共同監護」を示してほしいです。

少なくとも、その理想を反映した調停条項案は作成するべきです。

 

 

弁護士 小杉 俊介

2019.02.25更新

realsound映画部に『ジュリアン』評を掲載していただきました。

 

補足というわけではないですが、この評を書いた動機について。

 

この映画については、共同親権反対の立場に引き寄せた紹介が目立ちます。

独立した芸術として作られた映画を、単なるプロパガンダに貶めるような紹介の仕方も複数見ました。

そこで、誰かが作品としての重層性と、メッセージの複雑性を指摘する必要があるのではないかと考えました。

 

私自身は、共同親権は理念としては向かうべき方向だが、それ以前に解決すべき点が多々ある、という立場です。

具体的には、すべての離婚における親権決定に裁判所が関与する制度の整備が先決では、と考えています。

単純な共同親権推進の立場から、逆方向のプロパガンダとして書いたわけでないことを、念のため補足させていただきました。

 

弁護士 小杉 俊介

2019.02.24更新

調停や訴訟で離婚する場合、面会交流の頻度は一般に「月1回」です。

当事者が合意できればもっと頻度を上げることは可能です。

でも、一方があまり積極的ではない場合、裁判所が示す一般的な回数は「月1回」になります。

 

「月1回」には、別に法的な根拠はありません。

子の発育等を考えた科学的根拠があるとも聞いたことがありません。

単なる慣習です。

 

裁判所まで持ち込まれるような離婚は一般に揉めている。

揉めている離婚では、月1回の面会交流が精一杯だ。

そういう意見もあります。

 

でも、離婚に至る原因は何も子に関することだけではありません。

どちらかの不貞などが原因で揉めているが、親子関係には別に問題ない。

そういった件だってたくさんある訳です。

現在は父親とは別居しているが、同居している際には、むしろ、父親の方が子育てを中心的に担っていた。

そういった件だって珍しくないわけです。

 

そういった場合にまで、親と子が触れる機会が月1回で足りる訳がありません。

それ以上の密接な関わりを保つことをきちんと定めた上で離婚したいと思っても、裁判所が協力してくれない。

せいぜい「月1回」までが一般的だと言われる。

しかも、その「月1回」の根拠はどこにもない。

 

これはやはり問題だと思います。

裁判所の作成する調停条項案は、こと面会交流に関して、もっと柔軟な方向に変わるべきです。

 

そもそも「面会交流」で足りるというのが、親の子に対する関わりを軽視しているのでは、という話はまた別の機会に。

 

 

弁護士 小杉 俊介

2019.02.18更新

法務省が選択的共同親権の導入を検討というニュースがありました。

リンク先では途中までしか読めませんが、紙面等で全文を読んだ方も多いと思います。

 

この問題に対する私の意見は、まず理念としての共同親権には賛同します。

向かうべき方向性だと思っています。

しかし、導入にあたっては、必ず先に解決されるべき問題があると考えています。

それは、共同親権導入反対派の同業者が強調するような「DV」ではありません。

DVが問題でないという意味ではありません。

DV問題と、親権を誰が持つかは、切り離しは可能です。

DV問題はDV問題として、親権問題は親権問題として、それぞれ別個に取り組むべき課題です。

 

それよりも、必ず先に解決されるべきは、「協議離婚」です。

離婚届を出しさえすれば離婚できるという日本の制度が、諸国と比較して突出して自由だ、というのは何度でも指摘されるべき事実です。

裁判所なりが関与せず、当事者の意思だけで離婚できる制度が続く限り、全ての子の福祉は実現できません。

養育費の未払い問題も、義務者≒父の怠慢ばかり指摘されますが、そもそも養育費について定めなくても離婚できる状態を放置しているのは国です。

養育費について定めていないのに、養育費が払われるわけがありません。

 

親権についても同様です。

当事者間で自由に親権について定めてよい制度がそのままでは、共同親権を導入しても仕方がありません。

日本では、親権者決定だけでなく、親が再婚した場合の養子縁組すら事実上自由です。

離婚した場合には親のどちらかは必ず親権を失う一方、再婚さえすれば容易に養親になれる、という制度を正当化するのは困難です。

共同親権を導入するのであれば、それぞれの親の子に対する関わりを適切に定める必要があります。

それは当事者間では不可能です。

裁判所なりが責任もって全ての離婚に関与する制度が不可欠です。

 

同様に、法務省が検討しているという「選択的」共同親権にも反対です。

「選択的」ということは、恐らく、共同親権にするか単独親権にするかは当事者≒親の意思に選択による、という意味でしょう。

それでは共同親権導入の意味が実質的に損なわれてしまいます。

既に多くの方が指摘しているように、親権とは親にとって権利より義務の側面が強いです。

共同親権という形で当事者双方にプレッシャーをかけることによって、はじめて共同親権の意味は実現できます。

「親になる」ということが決して個人の選択などではなく、生まれた子に対する義務であるとの全く同様です。

 

日本の家族法制は、既に無責任すぎるほど自由です。

そして、その自由は個人主義的な意味での自由というより、「イエ」制度と家長の権威の存続のためのもの、家庭に法が立ち入らないためのものであった、ということは家族法研究者の見解の一致するところです。

その上、さらに「共同親権」という選択肢が増えることに意味があるとは思いません。

議論すべきは、原則として「単独親権」か「共同親権」か、という二択です。「選択的」共同親権などという折衷案は虫が良すぎます。

その二択の場合、「単独親権」のメリットは、なんといっても「現に単独親権を前提に実務が動いている」ということです。

無理に現状を変えるべきではない、という保守主義を無視することはできません。

しかし、それ以外の点で、「共同親権」と比較して「単独親権」を擁護することは相当難しいと私は思っています。

 

弁護士 小杉 俊介

 

 

 

2019.02.18更新

文化庁がまとめた著作権法改正案についてコメントしました。

「スクショも違法になる?」と話題になった今回の改正案についてコメントしています。

問題は、法案の中身よりも、予想される「萎縮効果」にあると考えています。

 

私のところにもよく「うっかり著作物をダウンロードしてしまったんだけど、警察に捕まりますか?」といった相談がよく来ます。

そのたび、「法律の文面だけ見たらあてはまるけど、いちいち逮捕しているほど警察はヒマじゃないですよ」といった風に答えます。

今回の改正案はまさに、末端の消費者に「これって違法かも? 警察に捕まっちゃうかも?」と思わせるのが狙いであるように見えます。

でも、それって法律の本来の在り方でしょうか?

「法の支配」よりも昔の、権威主義に戻ってませんか?というのが私の問題意識です。

 

国民をいたずらにビビらせるための法律なんて、やっぱりおかしいです。

 

弁護士 小杉 俊介

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